弘治3年(1557) 貞順によって開創されたと伝えられ、目黒不動瀧泉寺の末寺でありました。本尊は京都永観堂本尊の写しとされる回顧(みがえり)の阿弥陀如来で、 他に十一面観世音菩薩・不動明王像が安置されていました。 元和年中(1615〜 23) 生運和尚が中興し、 旧目黒村総鎮守大鳥神社の別当寺でありました。 寛政10年真性和尚が本堂・庫裏を再建しましたが、 その後長らく無住の時代があり、 堂宇が荒廃しました。 十三世良詮師は終生を寺門の復興に委ね、 昭和2年4月本堂の大修理・庫裏の改築が完成し、 諸般の設備が整いました。 然し、 昭和20年5月の空襲により本尊並びに堂宇を焼失、 直ちに仮本堂を建築し、類焼を免れた十一面観世音菩薩を本尊として奉安されました。 昭和42年十四世良勤師の代に現在の鉄筋2階建ての本堂・書院が新築されました。 同56年本堂再建15 周年記念事業として、 無縁塔を兼ねた納骨堂が建立されました。 又、 平成7年、 天台大師1400年御遠忌に際し、隣に 庫裏を兼ねた3階建て斎場・客殿を建築し檀徒の利便に供しています。 / | |
大聖院のキリシタン灯篭境内に有る3基の織部式灯籠は、 三体地蔵とか切支丹灯籠と呼ばれています。 もと、 三田千代が崎の旧島原藩主松平主殿頭の下屋敷 (後の大村伯爵) 林泉中の小祠内に有ったものを、 大正15年10月移したものです。 中央の最も高い1基の棹石には、 変形T字クルスとキリスト像とも思われる形状が、 また左右の面に漢詩が刻まれています。 この灯籠は徳川幕府の弾圧を受けた隠れ切支丹が庭園の祠等に礼拝物として密かに置かれたもので、 全国的にも数少ない灯籠と言われています。 又、 能誉地蔵・座姿地蔵・六地蔵等が有りますが、 その内の一体は母子地蔵尊と呼ばれ、 母子五人が焼死し、 哀れに思った周囲の人が供養のために造立したと言われています。 笠付型の道標は旧丹方町と 仲町のT字路に有ったもので、 その碑面に銘記されているみがえりの阿弥陀像は戦災で焼失しました。現在 天台宗開宗1200年記念事業として再刻された回顧の阿弥陀如来が安置されています。 |  |
年中行事春秋彼岸法要 4月8日 潅仏会 5月24日 施餓鬼会 お盆法要
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大聖院の利点 都心で地の利のよいことはもちろんのことですが、山手通りと目黒通りという二本の幹線道路に恵まれ、交通アクセスが抜群JR目黒駅から歩いても10分ほど。また、バスを利用すれば二つ目の「大鳥神社」から歩いて1分もかからない位置にあり、負担がかからない距離といえます。 | |
大聖院瑞峯殿の使用にあたって 家族葬から一般的な葬儀お葬式がとり行えます。葬儀(お葬式)をとり行う式場として場所を借り、お通夜からご葬儀(お葬式)までを行い、最寄りの火葬場に向かうという流れになります。 宗旨、宗派かかわりなくご利用できます 花輪の飾り付けはできませんので、生花をご利用願います |  |
大聖院瑞峯殿の設備内容 セレモニーホール/(椅子席60〜70人) 多目的ホール(椅子席72人) 控室(和室20畳・10畳2間に間仕切り可) 僧侶控室(和室6畳) 調光照明、音響、放送、ビデオカメラ・モニター 公衆電話、全館完全空調 ロビー、受付テーブル備え付け、エレベーター 各階男女トイレ、事務室 瑞峯殿の控え室には大型のモニターも完備しており設備も充実している式場です。 | |
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